blendy99: “伊織もえ ”
北海道限定味の赤いきつねと緑のたぬきを頂いたので今度食べ比べしようと思います。https://www.instagram.com/p/BrFNrY7lg51/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=lwfvdt447ns1
amenokg nwashy ・昨夜、ツイッターでこんなことを書きこんだ。「あんまりたいしたことないDVDと、 これは絶対に観なきゃと思ったDVDがあった場合、 疲れているときには、ほぼ絶対に、 たいしたことないと思ったほうを観ることになる。 この法則は、なにかとても大事なことを 教えてくれているのではないかと思う」そのこと、じぶんも思い当たる、と感じた人たちから、 いくつかの反応があった。 おおむね、ぼくの考えと似ているように思った。 絶対に観なきゃと思っている作品のほうは、 じぶんが、しっかりしているときに観たいのだ。 そして、たいしたことないなと思っているものは、 「なんかたのしませてくれるかな」という気持ちで、 こっちがしっかりしてなくてもいいや、 という姿勢で観るから、気楽に取り掛かれる。つまり、前者のほうは、向かい合っている。 そして、後者のほうは、受け身でつきあっている。 そういうふうなことが言えるように思う。 いわゆる芸術作品と大衆娯楽というような分け方がある。 芸術だとなると、受けとめる側も、 しっかりして前に立とうとする。 大衆娯楽ということになる、 「さぁ、どうやってたのしませてくれるんだい」 と、リラックスした状態で、椅子の背もたれを倒す。こういうことは、あらゆる領域でありそうだ。 しっかりつきあいたい人とばかり会っているより、 ばか話をできる悪友と笑いあいたいことは多いし、 高級レストランで一流の料理というものよりも、 ちょっとラーメンをすすりたいなんてこともよくある。 ジムで筋トレよりも、マッサージをお願いしたいとか。いっきに端折って言ってしまうけれど、 「なぐさめ」のほうに、人は寄って行くものなのだろう。 慰謝、娯楽、やさしい激励、気分転換‥‥これこそが、 空気中の5分4を占める窒素みたいなものなのかしらね。今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。 吉本隆明さんはじぶんへの慰謝として詩を書き始めた、と。 今日のダーリン 2017/8/9(Wed) 出典: drhaniwa