・昨夜、ツイッターでこんなことを書きこんだ。
「あんまりたいしたことないDVDと、
これは絶対に観なきゃと思ったDVDがあった場合、
疲れているときには、ほぼ絶対に、
たいしたことないと思ったほうを観ることになる。
この法則は、なにかとても大事なことを
教えてくれているのではないかと思う」そのこと、じぶんも思い当たる、と感じた人たちから、
いくつかの反応があった。
おおむね、ぼくの考えと似ているように思った。
絶対に観なきゃと思っている作品のほうは、
じぶんが、しっかりしているときに観たいのだ。
そして、たいしたことないなと思っているものは、
「なんかたのしませてくれるかな」という気持ちで、
こっちがしっかりしてなくてもいいや、
という姿勢で観るから、気楽に取り掛かれる。つまり、前者のほうは、向かい合っている。
そして、後者のほうは、受け身でつきあっている。
そういうふうなことが言えるように思う。
いわゆる芸術作品と大衆娯楽というような分け方がある。
芸術だとなると、受けとめる側も、
しっかりして前に立とうとする。
大衆娯楽ということになる、
「さぁ、どうやってたのしませてくれるんだい」
と、リラックスした状態で、椅子の背もたれを倒す。こういうことは、あらゆる領域でありそうだ。
しっかりつきあいたい人とばかり会っているより、
ばか話をできる悪友と笑いあいたいことは多いし、
高級レストランで一流の料理というものよりも、
ちょっとラーメンをすすりたいなんてこともよくある。
ジムで筋トレよりも、マッサージをお願いしたいとか。いっきに端折って言ってしまうけれど、
「なぐさめ」のほうに、人は寄って行くものなのだろう。
慰謝、娯楽、やさしい激励、気分転換‥‥これこそが、
空気中の5分4を占める窒素みたいなものなのかしらね。今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
吉本隆明さんはじぶんへの慰謝として詩を書き始めた、と。
